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2017年8月10日 (木)

自由権とは

精神的自由権表現の自由を除く
思想および良心の自由
思想および良心の自由とは
憲法19条
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

思想および良心は、個人の尊厳の中核をなすものであるにもかかわらず、わが国では過去の歴史においてしばしば弾圧されてきたという経緯があります。19条の趣旨は、このような経緯を考慮して、内心の自由はすべての精神的自由の根源をなすものであるとの位置づけを明確にすることになります。

思想および良心の自由の内容
思想および良心の自由の内容
特定の思想や良心をもつこと、またはもたないことを強制されない
特定の思想や良心をもつこと、またはもたないことによって不利益を受けない
沈黙の自由または告白の自由

思想および良心の自由を保証する意味
内心の領域にとどまる限り、どのような思想や良心をもっても絶対的に自由であり、国家権力は、内心の思想を理由とする不利益な取扱いや特定の思想の強制をすることができません。

沈黙の自由
沈黙の自由とは、国民がその思想について、国家権力から告白を強制されないということです。
ただし、思想や良心とは関係しない、単なる事実の知不知には保証が及びません。たとえば、裁判の場で犯行を見たか否かを証言することは、事実の知、不知を内容とするにすぎないので、正直に証言するよう強制することができます。裁判の場でウソの証言をした場合は、偽証罪で処罰することができます。この点につき、判決で謝罪を命ずることが19条に違反しないかが問題となります。

重要判決謝罪広告事件
名誉毀損を理由に訴えられ、一審および二審で謝罪広告を命じられた者が上告をし、代替執行による謝罪の強制は思想および良心の自由を侵害するか否かが争われた事件

判示
謝罪広告を命ずる判決にもその内容上、これを新聞紙に掲載することが謝罪者の意思決定に委ねることを相当とし、これを命ずる場合の執行も債務者の意思のみに係る不代替行為として民訴734条当時に基き間接強制によるを相当とするものもあるべく、時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を毀損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することとなり、いわゆる強制執行に適さない場合に該当することもありゆるであろうけれど、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものにあっては、、これが強制執行も代替作為として民訴733条の手続代替執行によることを得るものといわなければならない。

信教の自由
信教の自由とは
憲法20条
1信教の自由は、何人に対してもこれを保証する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

信教の自由を保護する趣旨
信教の自由は、近代の憲法史上、精神的自由の基盤をなすものだったといえます。すなわち、近代の自由主義は、中世の宗教的な圧迫に対する抵抗から生まれ、その後、殉教の歴史を経て成立したと評価されるのです。まさに命を賭して信教の自由を貫いた殉教者のおかげで、自由の基盤が築かれたといえます。
日本においては、戦前、神社は宗教にあらずとされて、国家神道は、国家主義軍国主義の精神的な柱とされてきました。こうした時代を経て、戦後、日本国憲法は、個人の信教の自由を厚く保障し、国家と宗教との分離を明確にしたのです。

信教の自由の内容と限界
信教の自由は、信仰の自由、宗教的行為の自由、および宗教的結社の自由の三つを含みます。

信仰の自由
信仰の自由は、次の三つからなります。
信仰をもつこと、またはもたないことを強制されない
信仰をもつこと、またはもたないことによって不利益を受けない
沈黙の自由または告白の自由

宗教的行為の自由
信仰に関して、祭壇を設け、礼拝や祈祷を行うなど、宗教上の儀式、祝典、行事その他の布教などを行う自由、それらに参加する自由のことです。
また、これら宗教的行為を行わない自由、参加を強制されない自由をも含みます。

宗教的結社の自由
宗教的結社の自由は、次の三つからなります。
宗教的結社をつくり、またはつくらない自由
宗教的結社に入り、または入らない自由
宗教的結社において活動し、またはしない自由

信教の自由の限界
宗教的行為の自由と宗教的結社の自由は、内心の領域にとどまらず、外部に向けた行為を伴います。したがって、他の者の人権とぶつかるおそれがあります。そこで、信教の自由の保障は絶対的なものではなく、必要最小限度の内在的制約を受けることになります。

重要判例加持祈祷治癒事件
僧侶が、被害者の精神障害の平癒を祈願するため、宗教行為として、線香の火を当てたり手で殴ったりした結果、被害者が急性心臓マヒにより死亡し、僧侶が障害致死罪に問われた事件

判示
被告人の本件行為は、一種の宗教行為としてなされたものであったとしても、それが他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当たるものであり、これにより被害者を死に至らしたものである以上、被告人の右行為が著しく反社会的なものであることは否定し得ないところであって、憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかはなく、これを刑法205条に該当するものとして処罰したことは、何ら憲法の右条項に反するものではない

政教分離の原則
政教分離とは
政教分離とは、政治と宗教を分離させることです。つまり、国家に、宗教に対して中立的であることを求める原則です。

政教分離の趣旨、目的
個人の信教の自由、特に少数者の信教の自由を補強すること
国家と宗教が結びつくと、国家が支持する宗教以外の信者や無宗教者に対する宗教的迫害が生じていくことは、歴史が示している

宗教の堕落を防止すること
宗教は、一度国家から特典を与えられるとその立場を維持しようと、国家に対して迎合しがちである

政府を破壊から救うこと
宗教は絶対的価値観に基づくものであり、民主主義に反する側面を有する

政教分離の原則の内容
政教分離原則の内容と具体例
宗教団体への特権付与の禁止
例宗教団体のみに対する土地や建物の無償貸与
宗教団体の政治上の権利行使の禁止
国および地方公共団体の宗教的活動の禁止
例都道府県の靖国神社護国神社への玉串料の奉納

政教分離の原則の法的性質
政教分離の原則は、憲法上の制度的保障であるとされています。つまり、政教分離という制度自体が客観的に憲法により保障されているのです。具体的には、政教分離制度に違反する立法は憲法違反の問題が生じ、立法権に対する歯止めになります。また、国民が国の立法や行為に関して、信教の自由などの人権侵害を理由に訴えを提起した場合に、政教分離制度の立法や行為の違憲性を主張する理由になりうるのです。

政教分離の限界目的効果基準
政教分離が原則とはいっても、国家と宗教とがまったくかかわりをもってはいけないということではありません。たとえば、特定の宗教団体と関係のある私立学校に対する助成金や文化財に対する補助金を交付しないとすれば、不合理な差別となるでしょう。
国と宗教とのかかわりが許されるか否かは、問題となっている行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉になるかにより判断されます。この基準を目的効果基準といいます。

重要判例津地鎮祭事件
三重県津市が、市体育館の建設起工式の神式の地鎮祭として挙行し、これに公金を支出したことが20条3項、89条前段に違反するのではないかが争われた事件

判示
ここ20条3項にいう宗教的活動とは、政教分離原則の意義に照らしてこれをみれば、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが相当とされる限度を超えてるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである

重要判例愛媛玉串料事件
愛媛県が、宗教法人靖国神社の例大祭および宗教法人愛媛県護国神社の慰霊大祭に対し、玉串料ないし供物料として公金を支出したことが20条3項、89条前段に違反しないかが争われた事件

判示
県が本件玉串料等を靖国神社又は護国神社に奉納したことは、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる県と靖国神社等との関りあいが我が国の社会的文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって憲法20条3項の禁止する宗教的活動にあたる

学問の自由
学問の自由とは
学問の自由とは、個人の真理の探究を国家が圧迫、干渉した場合に、これを排除することができる権利のことです。
学問の自由が保障される背景には、学問が真理の探究にかかわり、人類の文化発展にとって有意義でありながら、時として政治に対し批判的な態度をとることがあったことから、国家権力がその自由を封じ、弾圧してきたという歴史があります。

学問の自由
学問研究の自由
研究結果発表の自由
教授の自由

大学の自治
大学の自治とは、大学における研究教育の自由の十分な保障のため、大学の内部行政は大学の自主的な決定に任せ、大学内の問題への外部勢力の干渉を排除することです。

大学の自治
人事、財政、研究教授のニア用の自主決定権
施設の自主管理権
学生の自主管理権

重要判例東大ポポロ事件
東京大学の学内にて行われた学生団体の演劇発表会において、潜入していた私服警察官に暴行を加えた学生が暴力行為等処罰法違反に問われ、大学の自治と警察権との関係が争われた事件

判示
大学の学問の自由と自治は、中略直接には教授その他の研究者の研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味すると解される。大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、中略学生も学問の自由と施設の利用を認められるのである
大学における学生の集会も、右の範囲において自由と自治を認められるのであって、中略実社会の政治的社会的活動に当る行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しないといわなければならない

表現の自由
表現の自由とは
憲法21条
1集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

表現の自由とは
表現の自由とは、思想や意見など、内心の精神的作用を外部に発表する精神的活動の自由をいいます。
表現の自由を支える価値として、自己実現の価値と自己統治の価値があげられます。
自己実現とは、個人が表現活動を通じて自己の人格を発展させることをいい、自己統治とは、表現活動によって国民が政治的意思決定に関与し、民主主義を実現することをいいます。
表現の自由が保障されていない社会では、自分が発した言葉にびくびくしながら生きていかねばならず、ひいては、国家権力のいいなりという状態に甘んじなければならなくなります。他の重要な人権がきちんと保障され、人間らしい生活を営むためには、表現の自由が保障されていなければならないのです。
こうしたことから、人権のなかでも表現の自由は優越的地位を有するといわれます。

知る権利
知る権利とは、公権力から妨げられることなく、国民が知りたい情報を知ることができ、国家等に対して知りたい情報を請求する権利をいいます。
知る権利は、表現の自由に含まれるものとして、21条により保障されると一般に考えられています。現代は情報の送り手と受け手とが分離して固定化しており、送り手の自由を保障するだけでは表現の自由の趣旨である自己実現自己統治の価値を実現することはできません。
そこで、情報の受け手の側から21条を再構成する必要があり、その方策が知る権利の保障なのです。

反論権
たとえば、実際は無実であるのに犯人であるかのような報道をされるなど、マスメディアの報道でいったん名誉毀損などの人権侵害がなされると、その回復は非常に困難となります。その手段として、反論文の掲載などを求めることが考えられます。
しかし、このような反論権が認められると、マスメディアに対して反論の発表を強制することになり。マスメディア自身の表現の自由が侵害され、かえって表現の自由を損なう結果になりません。
したがって、判例は、21条のみを根拠として、反論文の請求は認められないと判断しています。

重要判例サンケイ新聞事件
新聞に掲載された意見広告により名誉を毀損されたと主張する者が、新聞社意見広告と同一のスペースに反論文を無料で掲載することを求め、いわゆる反論権が認められるかが争われた事件

判示
反論権の制度は、民主主義の社会において極めて重要な意味をもつ新聞等の表現の自由に対し重大な影響を及ぼすものであって、たとえ被上告人の発行するサンケイ新聞などの日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち、その記事が特定の者の名誉ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、中略反論権の制度について具体的な成文法がないのに、反論権を認めるに等しい上告人主張のような反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないものといわなければならない

表現の自由の内容
集会の自由
集会の自由は、集会を開き、主催し、指導し、または集会に参加する等の行為に対して、公権力が制限を加えることを禁止し、また、それらの行為を公権力によって強制されないということを意味します。
集会の自由には、集団行動の自由が含まれると考えられています。たとえば、デモ行進は、動く集会として、あるいはその他一切の表現として、21条で保障されます。
集団行動デモ行進の自由が保障されるとすると、これを制限する、いわゆる公安条例の合憲性が問題になります。
公安条例は、集団行動を事前に抑制するものですから、明確かつ厳格な要件の下で規制することしか許容されません。
この点について、新潟県公安条例事件と東京都公安条例事件という二つの判例を比較してみましょう。

公安条例に対する判例の比較
新潟県公安条例事件
既成の目的
他の利用者との調整
目的を達成する手段
集団行動につき一般的な許可制を定めて事前に抑制することは許されないが、特定の場所または方法につき、合理的かつ明確な基準の下に、条例で許可制または届出制をとり、これらの行動について公共の安全に対し明らかな差し迫った危険を及ぼすことが予見されるときは、これを許可せず、または禁止することができる旨の規定を設けても、これを許可せず、または禁止することができる旨の規定を設けても、これをもってただちに憲法の保障する国民の自由に不当に制限することにはならない

東京都公安条例事件
既成の目的
公共の安寧の保持

集団の潜在的な力は、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化すること集団暴徒化論は、群衆心理の法則と現実の経験に徴して明らかであるとし、本件条例では、公安委員会は公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合のほかは集団行動を許可しなければならないとされており、不許可の場合が厳格に制限されているので、この許可制は実質において届出制と異なるところがない

公共施設利用の許可制の合憲性
たとえば、市民会館などの公共施設の利用について、条例などで許可制をとっているケースが見受けられます。集会を公共施設で行おうとする場合は、使用許可が得られないと集会を開くことができません。これは表現の自由に対する制約となり、その合憲性が問題となります。

重要判例泉佐野市民会館事件
市民会館の使用許可申請に対し、集会の実質的な主催者がいわゆる過激派の一団体であり、公の秩序を乱すおそれがあることを理由に不許可としたところ、不許可処分が21条に違反しないかが争われた事件

判示
本件条例7条1号は、公の秩序を乱すおそれがある場合を本件会館の使用を許可してはならない事由として規定しているが、同号は、広義の表現を採っているとはいえ、本件会館における集会の自由を保障することの重要性よりも、本件会館で集会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避し、防止することの必要性が優越する場合をいうものと限定して解すべきであり、その危険性の程度としては、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である。そう解する限り、このような規制は、他の基本的人権に対する侵害を回避し、防止するために必要かつ合理的なものとして、憲法21条に違反するものではなく、また、地方自治法244条に違反するものでもないというべきである
そして、右事由の存在を肯認することができるのは、そのような事態の発生が許可権者の主観により予測されるだけではなく、客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測される場合でなければならないことはいうまでもない

結社の自由
内容
結社の自由とは、団体の結成およびその活動に関する自由です。その具体的な内容は、次に掲げるとおりです。

団体を結成し、それに加入する自由
団体が団として活動する自由
団体を結成しない自由、団体に加入しない自由、または加入した団体から脱退する自由

団体の内部的統制権
団体は、多数決で決まったことに従わせる権限、つまり内部統制権を有しますが、その統制権にも限界があります。
たとえば、労働組合が特定の候補者を支持する政治活動を行うことは認められますが、それに反して立候補した組合員の除名は許されないとされています。

通信の秘密
通信の秘密は、公権力による通信内容の探索を打ち切ることが政治的表現の自由の確保につながるという趣旨によります。
通信の秘密の保障の対象は、通信内容にとどまらず、差出人発信人、受取人受信人の氏名、住所および日時など、通信に関するすべての事項に及ぶと考えられます。

報道の自由と取材の自由
報道の自由
報道の自由とは、報道機関が国民に事実を伝達する自由のことです。報道は事実を知らせるものであり、特定の思想を表現するものではありません。しかし、報道の前提として報道内容の編集という知的な作業が行われること、そもそも真実の伝達と思想や意思の伝達とは厳密には区別できないものであることなどから、報道の自由は、表現の自由の一内容として保障されると考えらえています。

取材の自由
取材の自由とは、生の事実に接近して、報道内容を新たにつくり出す自由をいいます。取材の自由は、報道の自由と異なり、自ら情報を獲得しようとする積極的行動にかかわることから、憲法上保障されるかが問題となります。

重要判例博多駅テレビフィルム事件
佐世保港に米軍空母が入港し、博多駅で反対派の学生のデモ隊と機動隊が衝突した件につき、裁判所がテレビ局に放送済みのニュースフィルムの提出を求めたが拒否されたので、提出命令が発令され、テレビ局の取材の自由が保障されるかが争われた事件

判示
報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するものである。したがって、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない

取材の自由といっても、もとより何らの制限を受けないものではなく、たとえば公正な裁判の実現というような憲法上の要請があるときは、ある程度の制約を受けることのあることも否定できない

公正な刑事裁判の実現を保障するために、報道機関の取材活動によって得られたものが、証拠として必要と認められるような場合には、取材の自由がある程度の制約を蒙ることとなってもやむを得ないところというべきである。しかしながら中略他面において取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、それによって受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなければならない

捜査機関による証拠の押収と取材の自由
裁判所ではなく、捜査機関が、報道機関の取材活動によって得られたものを証拠として押収することは、取材の自由の侵害となるのでしょうか。判例は、公正な刑事裁判を実現するためには適正迅速な捜査が不可欠の前提であり、報道の自由ないし取材の自由に対する制約の許否に関しては、裁判所の提出命令と捜査機関による押収との間に本質的な差異はないとして、検察官ないし警察官による報道機関の取材ビデオテープの押収を認めています。

国家機密との関係
報道機関による政府情報の取材については、国家機密との関係で、取材の自由の限界が問題となります。

重要判例外務省秘密漏洩事件
外部省の事務官とかなり強引に肉体関係をもち、これに乗じて外務省極秘電文を入手した新聞記者の取材行為に、国家公務員法の定める秘密漏示そそのかし罪が成立するかが争われた事件

判示
報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといって、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく、中略それが真に報道の目的から出たもおであり、その手段方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観通念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。しかしながら、中略取材の手段方法が贈賄、脅迫、強要等の一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、その手段方法が一般の刑罰法令に触れないものであっても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びるものといわなければならない

法定におけるメモの制限
重要判例法廷メモ採取事件
アメリカ人弁護士レペタ氏が、裁判を傍受するにあたりメモをとる許可を申請したが、裁判長により不許可とされたので、損害賠償を求め、21条で法廷においてメモをとる自由が保障されるかが争われた事件

判示
筆記行為の自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるといわなければならない
傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである

名誉毀損的な表現
人の名誉を傷つける表現は、無制約に認められるわけはなく、名誉毀損行為は、刑法の名誉毀損罪として刑事罰の対象となります。しかし、たとえば、国会議員や犯罪行為に関する事実については、名誉毀損的な表現であっても、社会的価値が認められる場合があります。そこで、刑法230条の2により、表現の自由と名誉権の調製がなされます。

刑法230条の2
1前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、真実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

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